モデルコース
自然崇拝の島の神社巡り
自然崇拝の島であり、実は45ヶ所もの神社が点在する沖永良部島。多くの神社では島の英雄や、石・植物などエリア一体をご神体としてお祀りしています。
神社周囲の植物などを楽しみながら自然散策の一環で巡るのがおすすめです。
以下記事ではそれぞれの神社の由来などをご紹介します。
監修:先田光演氏
※島の御朱印に関しては本ページ末尾にてご説明しています。
START
1 岬神社(岬大明神)
永良部島の最東端に位置する神社で、社殿は無く、海の神を祀る丸い自然石がご神体となっています。
海のはるか向こうには神々の住むニライカナイという楽土があると言われており、島の守護神として地元の人々に信仰されています。 伝説によると、そのむかし国頭集落に住む漁師が海の中で光る石を見つけ、それを枕にして寝たところ、大漁となる夢を見ました。その夢を信じて漁に出てみると、翌日本当に大漁を得ることができたため、この石を御神体として神社を建立し、祀るようになったと言われています。するとそれ以降は米も豊作となったため、漁猟、海上安全、五穀豊穣を祈る神社として、現在も地域の人々に大切にされています。
| 住所 | 〒891-9223 鹿児島県大島郡和泊町国頭 |
|---|---|
| アクセス | 沖永良部空港から車で約5分/和泊港から車で約17分 |
2 琴平神社(金毘羅神社)
3 菅原神社
4 高千穂神社
| 住所 | 〒891-9112 鹿児島県大島郡和泊町和泊1059 |
|---|
5 世之主神社(居城跡)
今から600年以上前の14~15世紀ごろ、現在の沖縄県は「北山」「中山」「南山」の三つの勢力に分かれて覇を競っていた三山時代でした。その頃の沖永良部島は北山の支配下にあり、北山王の次男とされる「真松千代(ままちぢよ)」が世之主(よのぬし=島主)として島を治めていました。
この神社は明治時代、城跡に島の守り神として世之主を祀る神社として建立されました。標高約140mの丘陵に位置し、南は与論島と沖縄本島北部が眺望でき、北は徳之島を見渡せる丘の頂上に築かれています。
| 住所 | 〒891-9131 鹿児島県大島郡和泊町内城962 |
|---|---|
| アクセス | 沖永良部空港から車で約20分/和泊港から車で約16分 |
| 関連サイト | 世之主神社(世之主誕生の地) |
6 拝山神社
その昔、この神社が建つ芦清良(あしきょら)集落の統治者であった「マチブタ」という名の豪族を祀る神社です。
マチブタは土地を開拓し、水田開発をした伝説の人物で、言い伝えでは200年も生きたとされ、長生きの神様や力持ちの神様として祀られています。
| 住所 | 〒891-9211 鹿児島県大島郡知名町芦清良(あしきょら) |
|---|---|
| 関連サイト | 電子書籍:知名町の子どもたちが再発見したわたしたちの宝もの 江戸の地下ダム |
7 はみやま神社
8 世並蔵神社(四並蔵神社)
GOAL!
【御朱印について】
近年、「沖永良部島で御朱印がもらえる神社を紹介して欲しい」というお問合せを頂戴することも増えてきました。
沖永良部島を含む琉球奄美の信仰は元来自然崇拝と先祖信仰であるため、本州の神道や仏教由来の神社仏閣とは宗教的に異なる価値観を持っています。
琉球・奄美地方の宗教観には、石や太陽などの自然信仰やノロ・ユタ信仰、島に所縁のある偉人(王族や歴史上の人物など)や先祖をあがめる想いが根幹にあります。薩摩藩や明治時代の日本政府の布教により、神道や仏教も一定の広まりは見せたものの、現在もなお神仏信仰よりも琉球由来の信仰にもとづく文化への敬意のほうが強い風土です。
このような背景があるため、いわゆる「神仏とのご縁の記録」を表すとされる御朱印を出す宗教風習も深くは定着しておらず、各神社には常駐する神職の方や神主さんなどもいません。
神社を訪れる際には、御朱印集めを目的に巡るというよりも、自然崇拝の島ならではの神社全体の雰囲気などを散策の一環で巡ってみてくださいね。