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あーにまがやとぅーるばか
アーニマガヤトゥール墓
沖永良部島でも珍しい形態のお墓
沖永良部島南東部の知名町赤嶺字満がや原に所在し、標高約110mに位置する場所にあります。
南に向きの斜面にお墓があり、玄室は石灰岩をくり抜いて造られていて、三方に棚が設けられています。墓本体に唐破風(からはふ)に似たレリーフが彫り込まれ社寺仏閣の意匠を模しており、沖縄の亀甲型墓の入り口に似た造りが特徴的があります。これは、沖永良部島では珍しい形態です。沖永良部島の中世~近世にかけての葬墓制文化を総合的に検討する上での重要な史跡です。伝承によると、墓の構造は薩摩侵攻以降に日本式の影響を受けて造られたと言われているが、構造のどの範囲に反映されているかはわかっていません。
共同墓地として利用されていたようですが、始めはこの地域の豪族の墓であったとの言い伝えもあります。
大字名で『アーニ』小字名で『マガヤ(マカヤ)』に由来し、命名されています。沖永良部島には、琉球石灰岩地を活用した岩陰墓や洞穴墓、掘込墓が広く分布しており「トゥール」や「トゥール墓」と呼ばれています。
※唐破風(からはふ)とは・・・日本の伝統建築に見られる屋根の装飾で、中央が凸型に盛り上がり、両端が凹型に反った弓状の曲線が特徴的な破風(はふ)の一種です。
南に向きの斜面にお墓があり、玄室は石灰岩をくり抜いて造られていて、三方に棚が設けられています。墓本体に唐破風(からはふ)に似たレリーフが彫り込まれ社寺仏閣の意匠を模しており、沖縄の亀甲型墓の入り口に似た造りが特徴的があります。これは、沖永良部島では珍しい形態です。沖永良部島の中世~近世にかけての葬墓制文化を総合的に検討する上での重要な史跡です。伝承によると、墓の構造は薩摩侵攻以降に日本式の影響を受けて造られたと言われているが、構造のどの範囲に反映されているかはわかっていません。
共同墓地として利用されていたようですが、始めはこの地域の豪族の墓であったとの言い伝えもあります。
大字名で『アーニ』小字名で『マガヤ(マカヤ)』に由来し、命名されています。沖永良部島には、琉球石灰岩地を活用した岩陰墓や洞穴墓、掘込墓が広く分布しており「トゥール」や「トゥール墓」と呼ばれています。
※唐破風(からはふ)とは・・・日本の伝統建築に見られる屋根の装飾で、中央が凸型に盛り上がり、両端が凹型に反った弓状の曲線が特徴的な破風(はふ)の一種です。
基本情報
| 住所 | 〒891-9206 鹿児島県大島郡知名町赤嶺(あかみね) |
|---|---|
| 到達難易度(★が多いほど難易度高め) | ★★★☆☆ |
| アクセス | 沖永良部空港から車で約20分 |
































